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社会学ってなに?

藤本先生インタビュー

社会学とは?

藤本先生

社会学は、世の中で当たり前と思われていることを「ほんま?」と問い直す学問。「(たぶん)そうだ」と思っていることを本当にそうかどうか確かめる方法を教えてくれる。調べたら常識通りということも多いですが、鵜呑みはいけないと。結果によっては目からうろこということも少なくありません。また、人々が意識していなかった部分にスポットライトをあてて社会を研究することもできます。例えば、情報化社会では、インターネットの普及は目覚しく、便利で手放せないというのは予測したプラス面。だけど、予期せぬ結果もある。ウイルスでのデータ漏洩やサイトのコンテンツが犯罪につながるケースも発生した。メールの普及によって、レスが早い分、仕事が増える。こんな風に当初、予測しなかった、もしくは出来なかった結果によって、社会のひずみが起こることもある。それを解き明かすのも社会学です。

社会学を志したのは?

私は、研究者としては、かなり異例のキャリアパスを通ってきたと思います。高校、大学では、テニスに明け暮れました。インターハイや国体に出場して、漠然と実業団みたいなところでテニスを続けるのかなあと思ってたんです。だけど、関西学生5位、全日本学生16位までいったときに、足を故障。選手としては無理だと宣告されて、人生計画が崩れたんです。

もともと、数学が好きでコンピュータにも興味があり、工学部を再受験をしようと思っていたところ、知人の紹介で機械制御ソフト会社に就職し、そこですばらしいエンジニアに出会うことができました。その人について学んでいくうちに、理系の大卒よりきれいなシステム(ソフト)を組むようになって、3年でプロジェクトリーダーに。周りで一緒に仕事をしている人たちを観察していると、エンジニアって、いい人だけど、ちょっと変わってる人が多くて、そのうち専門職の組織の研究をしたいなと思うようになって。それが社会学を志した最初です。

社会学をしていてワクワクすることは?

働く場の人たちの行動や、意識が何に影響されるのか、どのようなメカニズムでそうなるのかを知りたいというのが私の興味です。社会学をやっててよかったなと思うのは、社会構造やその分野の人々の価値観が、組織の中の個人の行動に影響を与えていることも説明できることです。

例えば、ある調査でトップクラスの家電メーカーの技術職が、事務職の人よりも、会社への愛着が高いという結果が出ました。一般的には事務職の方が会社に対する愛着が高いと言われています。これは、どうしてだろうと。そのとき周囲からは「それはA社だから当たり前だ」「日本の企業に勤める専門職はみんなそんなもんだ」と言われました。でも同じ家電メーカーのB社の技術職はそんなことなかったんです。A社の技術職たちは、トップゆえにそれより上のランクの会社や全然違う業界への転職が難しい状態にありました。専門職が所属組織への愛着が低いのは、転職してもその専門性が発揮できるからであって、転職で地位が下がるなら、誰でも転職したくなくなります。つまり専門職だけど、所属組織に居続けたかったのです。ただし、単に組織にぶら下がっていたいだけなら愛着は高まりません。そこで構造的な要因をさぐっていくと、彼らは業界ではトップですが、その分野の研究は学界で低めに評価されるということがわかりました。そこで個人はいくつもの地位をもっているが、その地位にギャップがあれば、高く評価されるところに愛着を持ちたいと思うのではないかと。その仮説のもとに他の地位にある組織の技術職と比較すると、ばっちりあてはまったんですね。ヤッターと最高にうれしかったです。

ご自身が18歳のころは?

私が18歳のときは、朝6時に起きてひたすらテニスの日々。だけど、そのおかげで仕事と育児をしながらの大学院受験のときも4時間睡眠で耐えられる集中力ができたのかも。18歳のときに社会学を知っていたら、もっとかしこい人生を送ってたかもしれませんね。

近年の卒論の傾向は?また優秀な卒論は?

私のゼミでは、さまざまな手法で卒論をまとめます。自分でアンケート調査を行ったり、提供されている社会調査データを用いて分析を行ったり。またインタビュー調査、もしくは実際に自分が体験しながら観察を行う「参与観察」など、学生の取り組みは実に多彩です。
ある学生は、プロ野球に入団したが、2軍で終わってしまい、早くに引退した高校球児のその後のキャリアパスについてまとめ、新卒一括採用の流れに入らなかった若年層にやり直しを許さない社会について書きました。調査対象者を得る上で、個人情報保護の壁と戦いながら、インタビューに協力してくれる人に出会い、またその人の紹介から調査対象を広げました。学生が見ず知らずの一般の人に社会調査の依頼をするのは、本当に勇気が必要なことだと思います。
また東北出身の学生は、平成の大合併と言われた市町村合併について調査しようと飛び込みで役所に依頼に行き、市側、住民側の両方の立場から制度変革の影響をまとめました。他にも銭湯で掃除のボランティアをしながら参与観察し、銭湯の衰退と現代的展開を取り上げた学生もいます。
データ分析では、提供された社会調査データ(JGSS)を用い、既婚女性の中で専業主婦、パートタイマー主婦、フルタイムワーカー主婦で幸福を感じる点が異なること、また年齢によって幸福を感じる内容が異なることを見出し(たとえば、休日にパートナーがいることで幸福感が異なる、フルタイムワーカーの女性は、若い母親の時期より中年期の方が仕事と家庭の両方が大変で幸福感が下がる、など)、その提供データ利用論文のコンテストで優秀賞を受賞した学生もいます。
一般の人々に話を聞かせてもらう場合は、礼儀も徹底的に指導します。学生も「忙しい中、自分の研究のために協力してくれた人に対していい加減なことはできない」と最後は泣きそうになりながらまとめていることもあります。
社会学科は少人数制のゼミなので、教員がよく面倒みて卒論指導をするのも特徴です。ゼミを選んだ頃の関心分野と卒論のテーマが異なる場合がありますが、その場合は、ゼミで担当教員から指導を受けつつ、より専門分野が近い先生にアドバイスを受けに行くことができますので、学生たちは柔軟な教育体制の中で卒論を書いています。
卒論を書き終えた時、「こんなに勉強したことなかった」という学生も多いです。テーマを考え、調査し、分析することを通して論理力を身につけ、執筆で文章力も磨かれます。この力は、社会に出てからも求められるものですし、社会学で学んだ発想力は、若い時より、管理職世代になり、社会の制度や集団・組織などについて考えるようになってから役に立つのではないかと思います。

インタビュアーからひとこと

異例のキャリアパスで研究者になった先生。日本では回り道ととられがちだが、昨年1年間を過ごした米・スタンフォード大学では「そのキャリアがあるから、今のあなたの研究があるのね」と逆に評価されたという。博士論文をもとにした「専門職の転職構造」で2つの学会賞を受賞し、初めて研究者と名乗っていいと認められたと感じたと振り返る先生。「始めるのに遅すぎるっていうことはないですよ」と幅広い年代の人にエールを送る姿に説得力があった。

板垣先生インタビュー

社会学とは?

もともと文化人類学をしていました。社会学と文化人類学は双子みたいなもので、どちらも近代が生み出した学問。科目としては国際社会学を担当しています。1999年から2001年までは韓国で暮らして、現地の言葉を学び、古老や郷土史家の話を聞いて民衆の生活の歴史を調査しました。だから専門としては「朝鮮近現代社会史」とも言っています。

常識から一歩引いて、実際はどうだろかと調べながら考えるのが社会学です。外から見えるイメージや印象を語るだけでなく、内側から実証的に調べていくこと。例えば、3年ほど、学生たちと朝鮮学校に通っているのですが、今、「北朝鮮」というとおどろおどろしいイメージでとらえられている。だけど、実際に学校に入ってみると学生の印象はがらっと変わります。授業は全部朝鮮語で行われているんだけど、指導要領から外れた教育を行っているということで、国庫補助がない、厳しい状況のなかで教員や親たちが奔走しながら学校をまわしている、など実際に中に入って見えることがある。

3回生の学生は、韓国で、現地の学生との合同ゼミに参加します。家族や恋愛といったテーマで日韓の比較をするのです。その中で、徴兵制や南北分断が若者の会話の中で登場する。あえて議論をしたり、飲み会をしたり。同世代の学生同士がつきあうのは、おもしろいようです。

社会学を志したのは?

学生時代、演劇をしていました。あるとき、本屋さんの演劇コーナーで韓国のマダン劇の台本を見て、感銘を受けました。マダン劇は、70年代から80年代にかけて、民主化運動のときにあったお芝居で、舞台のない野外で演じるもの。社会風刺の演劇で、民衆、民主、民族がセットになって登場する。政治参与の一環でやっている芝居です。1つの民族が2つの国家に分かれている朝鮮半島の状態や、社会を理解しないと、芝居自体もわからない。それが卒論のテーマにつながっていきました。

社会学をしていてワクワクすることは?

異文化を研究していると、知らない世界がわかることがある。また、人から直接聞くことで、今までの常識がひっくり返ることがあります。ゼミで、在日一世のおじいさんに来てもらって話を聞いたことがあります。若いころ、日本社会でどうやって生きることができるのかが見えず、自暴自棄になって不良になっていったことなど、日本社会で鬱屈せざるを得なかった状況を生々しく語ってもらった。映画などで喧嘩っ早い在日の若者が描かれているけれど、それは「民族性」などというものではなく、社会的な産物です。なぜ、そうなっていったのかを知ることで見えることがある。

ご自身が18歳のころは?

18歳のころは、理系だったんですよ。スティーブン・ホーキングにあこがれて、物理学に進み、自分もすえは何か理論的な大発見をするのだという野心をもっていました。進学のために東京に出て、理系の学生生活が始まりましたが、本で読んでいる世界と実際は違う。やりたいことの氷山の一角の片隅みたいなことしかできないとわかったんですね。そのころ、演劇にはまっていったんです。自分の中に表現欲があって、メッセージ性のあるような脚本や俳優をしていました。91年に大学に入ったのですが、バブル崩壊、湾岸戦争と、先が見えない中で歴史を考えざるを得ない時代だった。やみくもに本を読んだりしていましたね。

大学生になったら、無駄をやってほしい。何の役に立つかわからない本を読んだり、映画を見たり海外を放浪したり。学生を見ていると、昼間は学校に行って、夜はバイトをして週末は大学の友達と遊んでというパターンが目につく。遊びの範囲が狭い。本を濫読したり、言語を学んだり、長旅をしたりできるのは学生の特権。世界を広げてほしい。

近年の卒論の傾向は?また優秀な卒論は?

社会学はほかの学問と比べて、何をテーマに選んで書いてもいいという自由さはありますが、それだけに難しいという側面があります。個人が関心を持ったことを取り上げる学生が多いですが、それを社会学の論文にするのはなかなか難しいのです。論文には、オリジナリティが必要です。だから、先行研究を調査し、自分の研究は、それに比べてどこが新しいのかを考察し、具体的な調査に入る。アプローチの仕方が大切だと指導しています。
岸和田のだんじりをテーマにした学生がいました。この学生は、高校生のころから青年団に入ってだんじりに参加していました。社会学では、実際に自分が研究対象の中に身を置いて、体験しながら観察する「参与観察」という調査方法があるのですが、この学生の場合は、自分が深く関わっている世界を、改めて調査し、書いてみることにしました。アンケートの調査方法も車座になって話をしているときに、参加者の学歴や職業を尋ねるなど、大変“濃い人間関係”に基づいて内側からの考察をまとめました。
まちおこしに一役買っている“萌えキャラ”を100種類以上調査し、“萌えキャラ”と“ゆるキャラ”の分類や、オタク市場の分析、ヒットの要因などをまとめた学生もいました。「おしつけ感があるキャラは好まず、自分だけが知っているなどの発掘感を好むオタクが多い。また、何らかのストーリーとのリンクも必要」などキャラを支える層の心理も分析。この論文は、キャラを押すオタクたちの膨大な書き込みの分類に基づいています。オタク論とまちおこし論の両方の要素を持つ論文ですね。
また、日本に来る難民への支援活動をするNPOに関わったことをきっかけに、難民へのインタビュー調査をした学生がいました。個人が特定されないように表現をぼかしながら、人間関係や家族関係はしっかりと書きこみきました。日本社会の中で、孤立した状態で生きざるを得ない難民の現状、難民社会の難しさがよく現れたとても貴重な論文です。
ユニークなテーマでは、韓国の留学生が、自分の国の同級生を対象に調査をし、整形事情についてまとめたものもありました。韓国の整形については、ある程度まとまった統計などもありますが、同世代の女性への調査を通して、就職や結婚事情、韓国の家父長制など背景がばっちりとみえてきて、おもしろかったです。

インタビュアーからひとこと

研究室は本の山。本棚に収まりきらない本が机をも覆い、インタビューも本のすきまから顔を合わせてといった感じ。さまざまな地域での活動にも積極的に関わる外とのつながりの強い先生。演劇青年の心は今も健在で、DVD編集などもプロはだしの腕前。「趣味といえば娘と遊ぶことぐらいかなあ」と優しい笑顔を見せてくれた。

小林先生インタビュー

社会学とは?

小林先生

例えば、経済学は市場から始まる。つまりは、交換をするというのが前提。だけど、どうして奪い合いでなく、交換をするのだろうという話はしないでしょう。そこを考えましょうかというのが社会学。法学では、法解釈をする。では法律とはなんぞやという話は社会学がする。学問の火山があるとしたら、そのすべてのマグマの部分とすきまの火山の研究をするのが社会学なんです。社会科でも小子化について、現象として、教科書に書いてある。その原因を探っていくのが社会学。なぜそれが起こっているのかを探る。焦点の置き所が違うね。

社会学を志したのは?

社会って不思議でしょう。だから、そのメカニズムを知りたかった。自分のことも社会のこともわからないことだらけだったから。大学に入って社会学の本を読んだら、やっぱり社会学はおもしろかった。学者になろうと思ったことはなかったけど、ずっとやっていると今の状態になった。

社会学には社会思想的な興味も要求される。例えば、プラトンの「国家」を読むと、紀元前何百年の時期にこんなことを書いていたのかとびっくりする。社会学では有名なリースマンの「孤独な群集」という本があるけれど、プラトンの中に、すでに似たようなものが出てくる。古典の中にもおもしろいものがいっぱいある。

社会学をしていてワクワクすることは?

「政治に参加するのが重要だと考える人は、選挙に行き、積極的に活動をする」と思うかもしれない。だけど、調べてみると、そうでもない。そう考えていない人の方が実際には、政治に参加しているんですね。実は、影響しているのは、その人の友達の多さ。社会的連帯の有り様が、政治への参加を生み出していることがわかるのです。家族と同居している人と別居している人では、同居している人の方が参加する。人が社会につながれていることが、政治参加に影響しているのです。必ずしも常識から考える図式はできあがらない。

こういう要因は、表には見えないことだけど、それがわかったときに、ワクワクする。自分は計量の調査を多くするけど、データはうそをつかない。頭の中で出した間違った仮説からは結果がでない。データ分析でピシッと出したときは、合理的でスマートな説明ができる。最初の仮説が浅はかだったなと思う。これが研究するときの醍醐味かな。

ご自身が18歳のころは?

とても楽しくてとても悲しく、また何でもできるような何もできないような、何でも知っているような知らないような、そんな気分だった。自由な学校だったから、本はよく読んだけど、学校の勉強は見事にしなかった。テニスや自治会の執行部、あと、新聞づくりもやった。学園紛争の後で、すべての抑圧がないような時代で、幸せやったなあ。そのころに心理学の本や、今から振り返れば社会学の本も読んだ。まだ本棚に残っているはず。

受験生は、いろいろ悩んで考えてください。高校の勉強というのは、かなり重要で難しい基礎知識がコンパクトに与えられている。すごいと思う。だけど、それが手につかないくらい、悩むのも大切。重要なのは「なぜか?」という気持ちを持つこと。歴史を読んで、ここでなぜ戦争が起こったか、とか人口推移をみて、なぜそうなったかとか。シンプルに片付けないで、何か忘れてないかを考えることが必要です。

近年の卒論の傾向は?また優秀な卒論は?

最近のもので興味深かったのは「共感がもたらす社会的効果」についてまとめたものです。アダム・スミスなどの共感に関する理論的な話をし、途中から共感について計量分析を行っています。
論文を読んでいくと、男性よりも女性の方が共感性が高いことや、共感性が高い人は、コミュニケーションをとるのが好きなことがわかる。共感性が高い人ほど、貧富の差を問題視し、勝ち組、負け組という言い方を嫌う。またより寛容で、集団への愛着も高い。自分は幸せだと感じていて、社会への不満も小さい。データをさまざまな側面から分析することで、そんなことが見えてくるのです。
計量分析では、あらかじめ考えた仮説どおりの結論がでるか出ないかを見るのは簡単です。だけど、そこに本当のところ何が隠されているのかを探さないとおもしろくならない。最初に予測したものと違う結果が出てきたときがチャンスです。これまで考えていなかった深いメカニズムがあるかもしれないからです。
この論文の分析結果は、かなりの試行錯誤を経たものです。データを分析しながらああでもないこうでもないと考える。集めたデータと対話を繰り返すんですね。その中で、ひとつのきちんとした話が構成されていくのです。ある程度まで考えが定まってくると、おもしろいように結果がでる。計量分析ではデータとの対話が一番重要で、この論文ではそれが活かされました。
もう1つ、全く違った傾向でおもしろいものがありました。夏目漱石の文学や講演からわかる思想と、デュルケムの理論的な研究を結びつけたものです。夏目漱石は、個人主義を唱えていた。一方、デュルケムは一般的には集団主義だと思われているが、本当のところは集団に根差した個人主義を唱えていた。この2人を結びつけて考える人はあまりいないが、同時代を生きた人物だという共通点がある。そこで、近代社会の諸問題についての2人のまなざしや悩みを分析し、うまくまとめました。
この論文では、研究の際に対話の対象となるデータは本や講演です。漱石の個人主義はさみしい。だけど、デュルケムの個人主義は、集団を前提にしたものなのでさみしくない。よって、デュルケムは、漱石を乗り越える位置にいたのではないかというのが彼の結論です。
いずれの論文も、ああでもないこうでもないとよく考えたうえで完成したものです。また、共感や孤独といった「時代の問題」にも答えようとしている。こういう論文はあきずに最後までおもしろく読むことができる。結局、重要な問題についてよく考えていること、これがいい卒論の条件ですね。

インタビュアーからひとこと

「こんなの読みましたか?」と出して来られたのがトイレで手を洗わない人の清潔観念を疑う投書。「果たしてそうか。実は家では洗っているかも。外で洗うと、かえって汚れると思っているのかもしれないしね」。小林先生のフィルターを通ると当たり前のような話が多面性をおびてくる。いろんな問いかけに対して「なんでかなあ」と思いをめぐらせ、多様な角度から段階を踏んで説明していただいた。先生に聞いてみたいことが次々とあふれてきた。

尾嶋先生インタビュー

社会学とは?

尾嶋先生

社会の仕組みと、人間との関係を勉強するのが社会学。仕組みが違えば行動がどう変わるかとか、人間の行動によって仕組みがどう変わっていくかとか。社会科は社会の仕組みを学ぶもので、社会学は、その仕組みと人間との関係を学ぶものですね。

社会学を志したのは?

もともと、理系からの転進です。漠然としたイメージで建築家とか医者かを目指していた。それが、物理でつまずいたことで、何をしたいのか考えるようになりました。人間を扱う学問がしたくて、最初は心理学をやろうと。例えばサルの行動をみながら、人間の心理を考えるような。ただ、大学に入ってみたら、どうも自分のイメージとは違っていた。かなり地道な作業だということもわかりました。

そんなとき、一般教養で受けた、社会学の授業がおもしろかった。今思うと、若者の心をくすぐるようなテーマを扱っていて、だまされたような気もするんですが、そのときは、「世の中、こんな見方があるんだ。これはおもしろい」と。それからですね。

社会学をしていてワクワクすることは?

最近、ワクワクしたことは、2006年から1年間、イタリアのフィレンツェで仕事をしたことです。この16年前にもアメリカのシアトルで仕事をしたんですが、その時は、自分はお客さんのような感じ。だけど、今回は、EUの社会学、歴史、経済などを扱う研究機関でプロジェクトチームの一員として、英語でのプレゼンテーションを準備したり、論文を書いたりしました。

国際的データをみていると、日本社会との違いが見えてくるんです。文献で読んでいる欧米の話を、データが裏づけする。例えばヨーロッパは階級社会だといわれます。階級と教育との関係をみたときに、最初から階級によって文化が決まってしまっているから、という議論がなされるんだけど、それだけでは、イメージは沸かない。だけど、データが見せてくれるわけです。

例えば、家で勉強をする子は、成績上がると思うでしょう?しかし、世の中違うんですよ。15歳の生徒の学習到達度調査がありますが、分析をしていくと、日本や韓国では、家庭で勉強をする子というのは、成績が上がる。格差はあるけれど、相対的にみて、どんな家庭であれ、やれば成績に反映される。だけど、ドイツでは、家で勉強する子ほど点数が低い。というのも、階級によって、家の文化が全く違って、それがそのまま学校に反映されているから、学校でやることですべてが決まるわけです。あくまで家での学習は学校での補いでしかないのです。

補習の考え方も、ヨーロッパでは全然違う。補習を受けている子は成績の低い子。ある一定のレベルに到達するために文字通り「補う」。日本でも成績の低い生徒が補習を受けるけど、成績のいい子もさらに伸ばすために受ける。日本の補習は大学受験のために必要なものを補う位置づけ。データからそんなことが見えて、それぞれの国の教育制度が持つ意味がわかってくる。

50歳になって、イタリアへ渡り、そこで研究をするというのは、新しく、また元気になれる体験でした。

ご自身が18歳のころは?

18歳は、浪人中。卓球とソフトボールに明け暮れた日々でした。当時、通っていた高校では、定時制の授業に使う校舎で、卒業生のために補習科とういのをしていたんです。半日ぐらい受験勉強をして、あとは卓球とソフトボールに熱中。それでも、現役のときより成績が上がったというのは、いかに現役のときに勉強をしていなかったかということだね。

受験生のみなさんには、ゆとりがあればあせらなくてもいいと言いたい。ゆっくり進路を選んで、例えば大学に入ってから、違う方向に進路を考え直してもいい。ボーッとしていることに意味があることもあります。若いうちだから、いろんなことをみてほしい。

近年の卒論の傾向は?また優秀な卒論は?

近年の優秀な卒論を見ていると、共通点があります。それは、自分の実際の経験をテーマにしたものから興味深いものが仕上がっているということです。人間、誰でも何かしらの経験を持っている。社会学では、社会を読み解くので、自分が全く知らないことは書きにくい。学生は、まだ研究者としての経験も積んでいないので、22年間ほどの自分の生活史の中からテーマを見つけると、距離も近いので、いい論文が書けるのです。
身近に幼稚園の先生がいた学生は、私立幼稚園の教諭は基本的に若い、すなわち教諭の回転率が早いことの背景を探りました。インタビューを通して、教諭自身の意識を探ることから始め、さらには供給過剰になっている幼稚園教員の労働市場を調査。そうすることで、一般企業との比較をしたときに働き続けることが難しい環境も見えてきた。もともと、自分が身近に感じていた職業を、掘り下げて論文にまとめた例です。
現場に足を運ぶ、ということでは、少年院に入ったことのある人へのインタビューを通して矯正教育の意味を問うた学生もいた。阪神ファンの研究をした学生は、京都からたびたび甲子園に通って、そこのコミュニティの一員となった。実際に足を運んで、人の話を聞く。それをしつこくやる。その過程で体験してくことをもとに書くとおもしろいものができるのです。
中には、ラーメンで書きたいと言った学生がいました。ラーメンをどうやって社会学に仕上げるか。毎日食べに行くうちに、店主と話ができるようになった。そこで、ラーメン店の師弟関係や、横のつながりを知るようになり、ネットワーク論になりました。どんなテーマでも、そこには必ず社会の仕組みが関わっています。
同じテーマをしつこく追いかけることも大切。最初は、おもしろいと思ってとびついても、調査、分析を進めるうちに難しさにぶつかり、おもしろくなくなってしまうことがある。フィールド調査にもデータ分析にも言えることですが、単純に理解できないことを、見過ごさず、しつこく取り組むこと。難しさに耐えて進まないと、本当におもしろいものは見えてこない。だから、一度テーマを決めたら、投げ出さずにがんばることが必要ですね。
ひとつの現象だけをとらえるのではなく、社会の動きとうまく連動させることができれば、説得力がでてくる。こちらが知らないことを、教えてくれるような卒論は印象に残りますね。

インタビュアーからひとこと

笑顔を絶やさない穏やかな語り口で、イタリアの街角のカフェが似合う雰囲気をお持ちの先生。今も新しいことに積極的に向かう意欲が垣間見えます。かなりのサッカーファンで、ご自身も毎週汗を流す現役プレーヤーでもあります。

立木先生インタビュー

社会学とは?

立木先生

社会というのは、自分とは遠いところにあって、手が届かないものだと思ってしまいがちですが、そもそも世の中は人が作ったもの。逆に、人の力で社会を変えることができるのです。社会の現場から、事実に基づいて、いろいろな証拠を見つけ、さまざまな発想で分析し、確認する。そういったサイエンス的な側面を持った作業が社会学なのです。

例えば、1995年の阪神淡路大震災では、当時勤めていた大学も、すぐ近くの私の自宅も被災地にあって、近所の人たちと大学の建物に避難しました。すると、3日目ぐらいに、学生たちが続々と大学にやって来るんです。中には、何時間も歩いてやってきた学生もいて。みんなが口々に「自分にできることがあるんじゃないか」と言うのです。学生たちは、大学の「「万人に仕える」との理念に動かされて来たと言っていました。学生たちの思いを無駄にしてはいけないと、私も一緒に活動の受け皿になる組織を立ち上げた。その結果、3ヶ月で7500人の人がボランティアとして活動に参加しました。

私は、それまで人間は損か得かで動くと考えてきました。ところが、この体験で理念が人を動かすことができるんだと知ってショックを受けたのです。震災のように社会にひずみが生まれたときには、連帯すれば社会の仕組みをも変えることが可能だということを目の当たりにして衝撃を受けました。

社会学を志したのは?

最初は心理カウンセリングなどの研究をしていて、不登校などの問題について、家族全員が集まり、解決を目指す「家族療法」を手がけました。第一に民主的にみんなが発言できること、第二には、心理的、空間的距離が適度であること。これができている家族は、問題解決につながりました。ところが、震災のとき、社会の変化にうまく対応できたのは(1)震災直後に親のリーダーシップが強く発揮され(2)相互間の関係が緊密であることという2つの要素を持った家族でした。私は家族とは、それだけで実体のある集団だと思っていたのですが、実はドーナツの穴のような存在ではないのかと思い当たりました。周りの生地がどう変わるかで、穴の形が変わるように、取り巻く社会で家族の有り様が変わることに気づいたのです。それから、社会生活の根本で影響を与えている大きな仕組みに関心が移っていきました。これを対象にするサイエンス、社会学にひかれたのです。

社会学をしていてワクワクすることは?

常識の虚をつくような見方や、解き明かし方ができたとき。例えば、阪神淡路大震災では、被災者の生活再建が大きな問題になりました。震災から5年目に行政と一緒に被災者の人たちに直接「あなたにとって生活再建って何ですか」と問いかける調査をしました。半分以上を占めたのが「すまい」と「人と人とのつながり」でした。「すまい」というのは、極めて基本的な再建だと思うのですが、それと同じくらい「人と人とのつながり」を挙げた人がいた。人とつながっているという思いが再建に向けての力になるんだと気づいたとき、非常にワクワクしました。さらに、10年目にも同じ調査をしました。「人と人のつながり」が一番多くなった。そして、新しく「震災体験を忘れず伝えていかなければ」とか「震災から10年の間に体験したことには大きな意味がある」などの思いが寄せられました。

災害は社会変動の一つの例ですが、社会が壊れたとき、都市基盤を元に戻すだけでなく、人と人とのつながりが大きな力になり、共有化された思いによって社会の復興がひと段落を迎えることが判明しました。実際に調査してみることで被災者の人たちが震災体験の継承や意味づけをしようとしていることがわかり、感動しました。

ご自身が18歳のころは?

大失恋をしました。それまで、理工系か医学部を目指して一生懸命勉強していたのに、夏にふられ意欲が全く失せました。傷ついた心を小説や詩、評論で癒す日々。中でも小林秀雄の評論にはまって、フランス文学をやりたいなと。私学文系に進路を変更し、仏文科を受験したけれど、これが全滅。浪人は避けたかったので、たまたま合格した得体の知れない社会学部に入ってしまったのです。学園紛争が終わったところで、入学後はスポーツと車とデートの日々。将来のめども目標もない18歳の春でした。

私のように、夢も希望もなく行きがかりで入った者にも社会学はおもしろいテーマを与えてくれた。それだけ懐が深いのです。自分が関心を持ったことは、どんなことでも学問にすることができる。そんな魅力がありますよ。今、問題意識がなくても大丈夫です。

近年の卒論の傾向は?また優秀な卒論は?

大学に入学して、ほどなく結婚し、育児のためにしばらく休学していた学生がいました。彼女は子どもが3歳ぐらいになったころに復学してきたのですが、育児や家事を担う中で、時間の使い方を工夫して、真剣に勉強に取り組む学生に成長していました。
卒論をまとめるにあたって、彼女には、子どもとのやりとりを毎日、半年間にわたって記録をしてみては、とのアドバイスをしました。短いメモのようなものも含めて、その記録をすべてデータ化しました。すると、そこに繰り返し出てくる言葉があることがわかりました。さらに、分析を進めると、これらの言葉は1)子どもの問題行動に対する愚痴、2)自分に対する不安やいらだちなど否定的感情を表すもの、3)育児のうれしさ、楽しさなどを表現しているもの、と大きく3つに分類できることが判明しました。
そこで、言葉の使用頻度や組み合わせについて分析を進めました。すると、子どもへの愚痴と自分の中での否定的な感情が連鎖して、悪循環に陥っているときに、夫や、同居している義母らがそばにいてくれることで、立ち直ることができ、悪循環を断ち切ることができていたことがみえてきました。その実証的データから、彼女は児童虐待についての考察を行ったのです。
現代社会の中で、母子が世の中から孤立してしまっていることが、育児に対する否定感情の悪循環となり、虐待を引き起こす。なので、親子を家から外に連れ出す、声をかける、話を聞くなど、周囲にいる人みんなが、育児に関わっていくことが不可欠であるとの結論を導き出しました。
社会学と構えると、とても大きなことのように思えるけれど、彼女の論文は、自分と子ども、そして家族の関わりを分析することで、十分に社会学としての論文が仕上がった例だと思います。私のゼミでは、卒論への取り組みの中で、本を読んでまとめるだけではダメだと指導しています。“Doing Sociology”とでもいいましょうか、実証的な研究をしてほしい。今の世の中をつかみ取るような、また社会を変えるような研究をするという大きな志で取り組んでほしいと思っています。

インタビュアーからひとこと

非常に話題が豊富。特に阪神淡路大震災以降、自然災害やその復興の過程での人々と社会の関わりについては、日本各地や世界での現地調査に基づいた蓄積がある。愛嬌のある語り口で、聞く人をひきつける話術は見事です。

鵜飼先生インタビュー

社会学とは?

鵜飼先生

法学とか経済学がしっかりした学問だとしたら、社会学はその隙間を埋めてくっつける学問のイメージがありますね。前提として家族、地域、教育、国際社会などいろんな社会像があってそれぞれの立場から社会を見ていこうというのが社会学。ただ、今はその前提が崩れているから社会学も曲がり角に来ています。社会科は、小中高校生に最低限知っておいてほしい知識を国が科目として提供しているものですよね。社会学は、いや、そうじゃなくて、こういう見方があるよと提案したり、もっと掘り下げて説明するものです。

社会学を志したのは?

大学に入って、おもしろい話をしてくれる先生や友達がいて、社会学のコミュニティーに入れられたという状態が今も続いている状態。学生時代も、バイトや友達とのつきあいの思い出の方が多い。3回生のときに書いたレポートをほめてもらい、先生から「大学院を考えてみないか」と言われ、思いもかけない方向に進んだ。親からは経済的な援助をしないと言われ、最初は予備校の先生などをしながら、院生をしました。結構、羽振りは良かったけど、授業との両立ができない。そこで、今度は木工職人を選んだのです。ところが、勉強は滞り、ある先生に「30歳になるまでに、人がなるほどと思う論文が書けないと続けていてもダメだから、やめなさい」と指摘されて。木工職人の親方も「中途半端はいかん」としかってくれた。そこで、今度は比較的時間が楽なパン職人として食いつないでいくことにしたのです。そしてなんとか30歳までに論文が学会誌に掲載され、学会デビューを果たすことができたわけです。

社会学をしていてワクワクすることは?

僕は、自分が何を研究するかというより、人と一緒にやる研究プロジェクトの中でどんな役割を果たせるかを考えるのが楽しい。昔、政治家に生活史を聞き取っていくオーラルヒストリーの調査をしたことがあります。調査をした鳥取県は、当時、人口が一番少なくて、女性の就業率が高かった。婦人会組織が発達していて、女性議員が多いことがわかったので、集中して話を聞いた。古い土地柄で女の人が男を押しのけて議員になるには、並大抵なことではなかった。そこまでして、なぜなりたいのか。話を聞いているうちに、男が「社会はこういうものだからしょうがない」と思っていることについて、女性は「これは許せない、何とかしなきゃ」という気持ちが強いことがわかってきたんですね。例えば、温泉地への風俗誘致では暴力団と戦い、原発計画も地域に合わないと反対した。地域文化を、よそから嫁いできた女性たちが守っているというのはおもしろかったですね。

ご自身が18歳のころは?

高校生のときは、剣道部で朝も昼も放課後も練習ばかりで、その間の時間は睡眠にあてていました。宿題は休み時間に回りの人に見せてもらって・・・。教科書は靴箱に入れっぱなしで、折り目がついていない状態。浪人になったときに、必死で勉強しました。ぼくが寝ている間に、こんな授業をしていたんだなあと思いながら。とにかく、がんばるときにがんばることのできる体力をつけておくことが大事ですね。そして集中すること。優先順位をつけて、その場を切り抜ける要領も必要。今の学生は行儀よく勉強しすぎ。最初のページから勉強を始めて15ページ目で挫折するより、45ページから初めて前に戻ってもいいはずなんです。国立大学が、日本の近代化を進めるために行儀よく知識を吸収する人材を育てる機関だとしたら、私立大学は幕末からの混沌とした時代にとにかく若い人を集めて何かしようとした。その精神を今も持っている。大学に入ったら、原点にもどって勉強してほしい。社会も応用力を求めている。自分の頭で考える力を身につけてほしい。

近年の卒論の傾向は?また優秀な卒論は?

ぼくのゼミには、スポーツ、漫画、芸能などを扱った軟派系の卒論が多いのですが、昨年は、教育社会学から階層移動や格差に迫ろうとしたおもしろい論文がありました。
それを書いた学生は、自分の母親が、自らは高卒ながら、子どもの受験教育に非常に熱心だったこと、そしてもし母親の熱意がなければ、自分は違う人生を歩んでいたのではないかと仮定したことから考察を始めました。周りの友人を見てみると、仕事をしている母親がいる同級生も多いことから、専業主婦の母親と、仕事をもっている母親では、子どもの教育に与える影響がどう違うかに興味をもったといいます。そこで、フルタイムで仕事をしている母親、パートタイムで働く母親、専業主婦の母親と、友人の母親を分類し、「どんなお母さんやった?」とインタビューを繰り返し、母親の教育意識が子どもにどんな影響を与えるかを探ろうとしました。
インタビューを通して、専業主婦の母親は、子どもの教育に直接手間暇かけていることが多いのに対し、キャリアを持つ母親の場合、その姿を見て育った子供が、自分も社会に出て働くのが当たり前という意識をもつ傾向が見られました。その結果、従来の格差社会は、父親の学歴や職業の影響が大きかったのですが、今の大学生の世代では、母親の学歴や職業も、だんだん大きく関わってくるのではないかという予測に達しました。また、特に、子どもの学歴や職業選択には、母親の意向がより強く影響するようになっている側面も明らかになりました。自分の友だちにインタビューをしたからこそ、突っ込んだ内容にまで掘り下げることができた調査でした。この学生には「20年後にまた同じ研究をしたらおもしろいよ」と話をしました。
女子学生の卒論を読んでいると、今は社会の過渡期かなと感じることが多いですね。女性はいまだに「子どもの教育を考えると仕事優先ではいけないのでは?」という意識が強い。だけど、昔ほど将来の夫に十分な稼ぎを期待できないので、自分も仕事を続けざるを得ない。しっかりキャリア設計をしなきゃと思うのですが、一方で母親からは「早く孫の顔が見たい」などと言われ、ジレンマに陥っているんですね。
近年、学生の親御さんと接する機会も多くて、教育だけでなく、子どもの就職に関しても、特に母親たちの関心の高さは驚くほどです。僕らの時代は、父親と息子の対立がよく取り上げられましたが、今は、それが母と娘の関係に現れているように思います。そういった背景も読み取れる卒論でした。

インタビュアーからひとこと

お話を聞いている時間の8割は笑いが止まらなかった。なんだか飄々と、しかしその時その時を真面目に一生懸命にやってきた先生の青春時代がひとつの大きなストーリー。特に院生時代の木工職人からパン職人を経てアカデミックの世界で生きていくようになるまではドラマの脚本を読んでいるようでした。