最近、ワクワクしたことは、2006年から1年間、イタリアのフィレンツェで仕事をしたことです。この16年前にもアメリカのシアトルで仕事をしたんですが、その時は、自分はお客さんのような感じ。だけど、今回は、EUの社会学、歴史、経済などを扱う研究機関でプロジェクトチームの一員として、英語でのプレゼンテーションを準備したり、論文を書いたりしました。
国際的データをみていると、日本社会との違いが見えてくるんです。文献で読んでいる欧米の話を、データが裏づけする。例えばヨーロッパは階級社会だといわれます。階級と教育との関係をみたときに、最初から階級によって文化が決まってしまっているから、という議論がなされるんだけど、それだけでは、イメージは沸かない。だけど、データが見せてくれるわけです。
例えば、家で勉強をする子は、成績上がると思うでしょう?しかし、世の中違うんですよ。15歳の生徒の学習到達度調査がありますが、分析をしていくと、日本や韓国では、家庭で勉強をする子というのは、成績が上がる。格差はあるけれど、相対的にみて、どんな家庭であれ、やれば成績に反映される。だけど、ドイツでは、家で勉強する子ほど点数が低い。というのも、階級によって、家の文化が全く違って、それがそのまま学校に反映されているから、学校でやることですべてが決まるわけです。あくまで家での学習は学校での補いでしかないのです。
補習の考え方も、ヨーロッパでは全然違う。補習を受けている子は成績の低い子。ある一定のレベルに到達するために文字通り「補う」。日本でも成績の低い生徒が補習を受けるけど、成績のいい子もさらに伸ばすために受ける。日本の補習は大学受験のために必要なものを補う位置づけ。データからそんなことが見えて、それぞれの国の教育制度が持つ意味がわかってくる。
50歳になって、イタリアへ渡り、そこで研究をするというのは、新しく、また元気になれる体験でした。
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